はじめまして。「だいたい迷っている母」です。
中学生の子どもを持つ、どこにでもいる母親です。
子どもが不登校になったとき、
私が最初にしたことは「検索」でした。
「不登校 対応」「不登校 親 やってはいけないこと」
画面を閉じては、また開いて。
正しい答えを探し続けた日々がありました。
この記事は、その時間のリアルな記録です。
専門家でも、うまくいった成功談でもありません。
ただ、迷いながら考え続けた一人の母親の話です。
① 正解を探して、苦しくなっていた頃
不登校という言葉に直面してから、
私はとにかく情報を集めました。
本、ネット、SNS。
「不登校 対応」「不登校 親 やってはいけないこと」
そんな言葉を何度も検索しては、画面を閉じて、また開いて。
そこには、たくさんの意見がありました。
「無理に行かせない方がいい」
「甘やかすと長引く」
「親の覚悟が大事」
「環境を変えるべき」
どれももっともらしく見えて、
でも、どれも今の我が家にそのまま当てはまる気はしませんでした。
それでも「何か正しい答えがあるはずだ」と思って、
読み続けていました。
間違えたら、取り返しがつかない気がしていたからです。
実際の生活では、理屈通りにいかない場面ばかりでした。
学校を休んだ日、感情の行き場がなくなって
物を壊してしまったこともありました。
それでも、決めたルールだけは崩さないようにしていました。
毅然とした態度を保つことが、
当時の自分にできる精一杯だったからです。
本音を言えば、
「学校に行かなくたって、どうにかなる」
そんな気持ちも、どこかにありました。
でも同時に、
後になって本人が「不登校だった」ということを
自分の中で引きずることにならないか、
そう思うと、どうしても迷いがありました。
今の苦しさを減らすことと、
この先の人生を考えること。
その間で、ずっと揺れていました。
②「良い母でいなければ」と思い込んでいた
私がここまで「間違えたくない」と思っていた理由には、
自分の仕事も関係していたと思います。
私は、福祉関係の仕事をしていました。
その中で、
引きこもりや、長く無職の状態が続いている
子どもを抱えている家庭を、
日常的に目にしていました。
だからこそ、
「もし自分の子どもがそうなったら」
そんな想像を、何度もしてしまっていたのだと思います。
心のどこかで、
「自分の子どもがつまずいたら、私自身も失格なんじゃないか」
そんなふうに感じていました。
いろいろな家庭を見てきたはずなのに、
いざ自分のことになると、
とても狭い視野でしか考えられなくなっていました。
意地になっていた部分も、
正直、あったと思います。
「自分が同じことをしてはいけない」
「甘やかしてはいけない」
そんな思いに、自分自身を縛りつけていたのだと思います。
学校でも、職場でも、頭を下げる日々が続きました。
先生に状況を説明し、
配慮へのお礼を伝え、
それでも、どこか申し訳なさが消えなくて。
ある日、何かが切れたように、
声を上げて泣いてしまったことがあります。
理由ははっきりしませんでした。
ただ、ずっと張りつめていたものが、
一気にあふれたのだと思います。
「良い母でいなければ」
「間違えない選択をしなければ」
そう思い続けていたけれど、
その”良さ”の基準は、
子どものためというより、
自分が安心するためのものだったのかもしれません。
今振り返ると、
私は子どもを守ろうとしながら、
同時に、”母としての自分”を守ろうとしていたのだと思います。

③ 考え方が少し変わったきっかけ
大きな出来事があって、
考え方が一気に変わったわけではありません。
ただ、
このまま”正解かどうか”だけを基準に
選び続けるのは、もう限界だと感じていました。
別室登校を続ける中で、
子どもは学校に足を運んではいましたが、
どこかずっと緊張しているように見えました。
「行けている=楽になっている」
とは、言えない気がしていました。
一方で、
「家にいるだけ」という状況を
このまま続けることにも、納得ができませんでした。
親以外の大人や、年上の人と関わり続けることは、
この子にとってきっと力になる。
そんな思いが、心のどこかにありました。
そこで、フリースクールという選択肢を、
あらためて現実的に考えるようになりました。
最初は、どこか後ろめたさもありました。
「学校以外の場所を選ぶのは、逃げなのではないか」
「まだ早いのではないか」
でも、このまま悩み続けるより、
一度、自分の目で見てみようと思いました。
見学したフリースクールには、
「頑張らせよう」とする空気が、あまりありませんでした。
大人も子どもも、必要以上に踏み込まず、
それぞれのペースを尊重しているように見えました。
本人も、その雰囲気を
「落ち着く」と言っていました。
そのとき私は、
選択肢を並べて、本人に選ばせる
という形を取りました。
どれが正しいかではなく、どれを自分で選ぶか。
その選択を、本人に委ねてみようと思ったのです。
しばらくして、
子どもが、こんなことを言いました。
「自分で通う」
一人で通いたい、と。
正直、驚きました。
今まで、一人では何もできないと思い込んでいたからです。
でもそれは、子どもではなく、
私の見方が固定されていただけだったのかもしれません。
その姿を見て、
「正解かどうか」よりも、
「この子が動き出しているかどうか」
を大事にしてもいいのでは、と思うようになりました。
④ 今、同じ場所にいる誰かへ
もし今、
「これでいいのか分からない」
「間違えていたらどうしよう」
そんな気持ちで、この文章を読んでいる人がいたら。
あの頃の私は、
きっとあなたと同じ場所にいました。
何を選んでも不安で、
どんな決断をしても、
「本当にこれで良かったのか」と考えてしまう。
正解を探して、でも見つからなくて、
それでも、朝はやってきてしまう。
私は今でも、
「あのときの選択が正しかった」と
胸を張って言えるわけではありません。
それでも、
迷いながら考え続けた時間そのものが、
親子にとって必要な時間だった
と、今は思えるようになりました。
子どもの不登校は、
親の価値観や、「こうあるべき」という思いを、
容赦なく揺さぶってきます。
迷っているということは、
それだけ本気で向き合っている、ということでもある。
私は今、そう思っています。
【この記事の続きはnoteで】
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